仕事で解雇寸前のコミュ障が7000人にスピーチして人付き合いの面白さを知った話

7000人にスピーチしたマオと言います。

職場と家の往復で1日終わっていたのが、
初対面から気の合う友達となっては一緒に人狼ゲームしたり。

コールセンターのお客様対応アンケートで、
センター1番の高評価を得たり。

口説いてるつもりゼロなのに新卒OLからデートに誘われて、
その後で恋人になったり。

そんな日常を過ごしています。

このページでは
「人付き合い=ストレス」を思い知らされた家庭環境で育ち、
「人と同じじゃないといけない」プレッシャーに囲まれていた僕が、
コミュニケーションというものに向き合って、実際どう変わったか?
という劣等感から始まって今に至った話を5分くらいでします。

なのでこのページに来てもらっただけでも、ラッキーかと。

いずれも僕の体験に基づいた実話なので、
その辺のノウハウ本を読むよりかは面白いと思います。

はじめに

はじめに僕の簡単な自己紹介をすると・・・

病気の親を見て、人付き合いが怖くなる

どもり癖から人に意見できず、もともと1人でいた方がラクな人間

「入学説明会で後ろに座った時、『コイツと一緒にいたくない』と思った」と部活の仲間から言われる

どもって質問にまともに答えられず、面接で15社に落ちる

「ちゃんと話せるようにしないと」と思うも、どうしたらいいか分からない

コミュ障なのにコールセンター配属の謎采配

5分で終わる電話が15分かかって、残業だらけ

ちゃんと話せず、2ヶ月で前人未到のクレーム3件を受ける

上司から呼び出されて「180度変わらないとまずいよ」と、解雇寸前と聞く

話し方聞き方の本を読みまくって、コミュニケーションの型を学んだ

顧客アンケートで場内1位を獲得

度々あった胃痛がパッタリ無くなり、自信が生まれる

「ためになる本を紹介したい」と勢いで朝活を企画し、参加者がコンスタントに10人集まる

「人付き合いは楽しいじゃん」と価値観が崩壊

朝活が好評で「こっちでもやってくれ」と招待を受ける

パーティで知り合ったプロからFXを教わり、1ヶ月で100万円を110万円にする型を身につける

6ヶ月就職先が決まらず悩む友達にアドバイスをしたら、 2ヶ月で就職先が決まってめっちゃ感謝される

病で亡くなった友達のことを、7000人の前でスピーチして感動を与える

話し方聞き方を身につけて、マジで人生変わった

こんな感じで僕にとっては、激動の人生でした。
幼いころの僕が見たら、あまりの変わりように目が点になると思う。

 

元々僕は、

コミュニケーションの上手い下手は、生まれつきの性格とか、
言葉にできないセンスで決まるもの

なんて思っていました。

けど、解雇寸前の危機をきっかけに、
コミュニケーションを学んで、
恐る恐るながら初めての人と接したら
そんな価値観はガラリと変わってしまいました。

聞けば「あーなるほど」と分かる、
でも振り返るとできていない、
そんなコミュニケーションの型を知っているか知らないかで、
差がついていたのか!

そのたびに「僕って無知だなー」と悔しくなっては、
「昨日できなかったことを今日、1つでもできるようになろう」と
一歩進んでみる。

これを繰り返しているだけです。

生まれつき

  • 話が面白い
  • 一芸に秀でている
  • 場の空気が読める
  • 自然と可愛がられる

みたいなものは一切無いですね。

むしろ
イヤな目に遭っても意見できない弱気で、要領も悪い。
人より3倍時間がかかるという感じ。

そんな人間でも、コミュニケーションを学んで、
その通り人と接するようにしただけで、
人付き合いすることの怖さが無くなりました。

それどころか、
1人でいた方が傷つかなくて楽だと思っていたのに、
今じゃ心踊るんですよね。

人と会うことが。

「お金を稼ぐのは悪」みたいに思っていたのに、
今では年で2000万円以上稼いで、人も月100万単位で稼がせる起業家。

「高校生の頃は全く話せなかった」黒歴史があったけど、
今ではスキンヘッドで強面、なのに集まる人の周りに
笑顔が絶えない公務員とか。

かつての僕じゃ想像もつかない出会いばかりで、
めっちゃ充実した日々になりました。

 

ほんとかよ?

って思うと思います。

その気持ちはよく分かります。

中学校の同級生からも、変わりようにビックリされましたし(^^;)

高校でも就活でも会社でも迷走していたし、
「結局才能で決まるんだろ」
「そんな簡単に変われるわけないだろ」
と僕も思っていました。

だから正直なところ、 会社に入る前、
いや、小学生の頃にはもう知りたかった。

けれども学校では教わらないし、
会社でもコミュニケーションに特化した研修なんて無かった。

だから今、
「苦手な人と会うと思うと 、会社に行く電車の中で胃が痛くなる」
「どう人と話していいか分からない」
と感じる人がいても、
自分に関係の無い世界だわ、とは思ってほしくないんですよね。

僕がこうやって情報発信しているのは、
コミュニケーションをことで、
「自分でもいけるじゃん」の自信を得られるし、
それが心やお金の余裕を手に入れるベースになるから。

これは、

病気の親を見て、
人付き合いのストレスを思い知らされた環境で育った僕だからこそ、
伝えられることだと思っている。

昔の僕と同じような考えだった人が、
その価値観がぶっ壊れて
前向きになってくれたら嬉しいです。

だから

恥ずかしくて本当はイヤですけど、僕の実体験を含めて、
今の僕になって分かった大事なことを
シェアしていきます。

キレイゴト並べ立てるよりも、
その方が面白いし、よく分かると思うので。

病気といじめで「人付き合いはストレス」を刷り込まれる

「覚せい剤をまぶした飴がある!!」

人付き合いのストレスに耐えかねて、とうとう発狂した母の絶叫。
僕は姉と2人、狭いクローゼットの中で、母の豹変ぶりにただ震えていた。

 

僕ら家族は父の仕事の都合で、小学校入学前に、父の東京の実家に引っ越した。

母も姉も僕も、初めての東京。
街をたくさんの人が歩いていて、時刻表を見ずともすぐに電車が来る。
僕にとっては何もかもが刺激的。

けれども母にとっては、慣れない環境はそれだけで苦痛だった。

なにせ母にとっては、誰も知り合いがいない地域。

そんな中、僕ら姉弟と同級生の親と、初めて会う人ばかりなのに、
やれ保護者会だ、PTAだ、近所付き合いだの連続。

自分から人に話しかけたり雑談したりが苦手な母にとっては、
「緊張しっぱなしで、心安まるヒマが無かったんだ」
と、今では思う。

 

さらにほどなくして、同居している父方の祖父母が身体を悪くして、
介護が必要になった。

父は朝から晩まで会社で働いていたから、
介護は母1人に重くのしかかった。

義理の親には気も遣うし、話も弾まない。
しかも祖父母に悪気は無いけど、何かあるとすぐ出す金切り声が、
「何かまずいことやっちゃったかも」
と、母を心配させた。

その頃の母がよくした
「はあ・・」
のため息が、今も忘れられない。

新しい人間関係、 祖父母の介護、 そして姉と僕の子育て。

当時の僕ではよく分からなかったけれど、
それらの心労が重なり、母は追い詰められていった。

そして、うつ病を発症し、発狂したのだった。

 

「人と付き合うのって、苦しいことなんだな」

と暗くなっていた僕は、学校でいじめのターゲットになってしまった。

休み時間には、ドッジボールで遊んでいるように見せて、
実際は一方的にボールをぶつけ続けられた。

「や~い、悔しかったら言ってみろ!」と言われたが、
母の病気で元気のない僕には言い返せず、

「あ、あ、あの、や、止めて・・・」

とどもりながら、蚊の鳴くような声で言うのが精一杯。
悔しくて、2日に1回は学校で泣いていた。

 

母の発狂。僕へのいじめ。

そんな中で
「人付き合い=ストレス」の感情が、
グイグイと刷り込まれていった。

そして大人になっても、心から離れなかった。

あらゆる行動のマインドブロックに、なっていたのかもしれない。

けど、

この「人付き合い=ストレス」の刷り込みがあったから、
のちに僕はコミュニケーションの型に出逢って衝撃を受け、
それを元に色々な人と知り合っては、
今までの常識がひっくり返ることになる。

読めない空気に疑問だらけ

「人付き合い=ストレス」の思いは、高校でますます刷り込まれた。

高校1年生の冬に、同じ水泳部の同期に言われた一言。

同期
「高校入学前のガイダンスで、マオが座っていたんだよ」
マオ
『あれ、そうだったんか?』
同期
「でも同じ中学の奴らから煙たがれていて、
 しかもそんなのお構いなしに絡んでいるのを見て、
 コイツとは一緒のクラスになりたくないわ、と思ったんだよな。
 まさか同じ水泳部に来るとは(苦笑)」

これは当時の僕にとってトラウマになった。
「普通、面と向かって言うか?」と。

 

「中学校までの自分とは変わろう」

そんな思いで入学後、高校デビューを果たそうと、
馴れ馴れしくクラスメートに話しかけたら、
近寄りがたい空気になった。

そしてあっという間に、クラスで「浮いた」。

「このままじゃまずい!」と思っては、
周りの見よう見まねで笑顔を作ったり、
同じようなノリで話しかける。

けど行動すればするほど、底なし沼にはまっていった。

とどめには

「空気読めないな、ホント」
「言わなくても分かるでしょ?」

とあきれられて、絶望しながら反発した。

空気ってなんだよ。
言わないでどうやって分かるんだよ。
そんな生まれつきの性格やセンスで、コミュニケーションの上手い下手が決まるのかよ?

と。

そうして僕はいつの間にか、
昼休みは1人で図書室で本を読むのが、日課になっていた。

クラスに居場所が無いから。

正直言って、フツーに気軽に話せる間柄に、羨ましさはあった。
人付き合いが楽しい、ストレスの無い人は、すごく楽しそうだなと。

けど、休み時間のクラスや図書館の行き帰りに、
廊下の立ち話で聞こえてくるのは、
流行のテレビや漫画の話やら、そこにいないクラスメートの悪口。

皆と同じような無個性の話やら、
いない人間の噂を言い合って、
そうでもしないと絡めない。

そんな狭い世界に息苦しさを感じたし、
皆同じ考えじゃないと居られない空気に、
「そうでもしないと仲良くなれないのか」と、疑問を感じずにはいられなかった。

 

「大学は、絶対に1人暮らしする!」

居場所を感じられない人間関係をリセットし、
ストレスから逃げるために、
僕は東京を離れることを決意した。

なじめないクラスメートに対抗心を燃やして勉強したら、
第一志望の大学に合格。

今思えば、図書室で色んなジャンルの本を読む習慣を付けたり、
成功者を真似しながら勉強に自己投資したのは、
間違ってはいなかった。

面接が嫌すぎて15社全て面接で落ちる絶望

地元を離れ、大学に通うため一人暮らしを始めた僕。

「よし、またここから頑張るぞ」

僕と同じように1人暮らしの学生がとても多かったからか、
少しは気の合う友人ができた。

だが相変わらず自分から話しかけるのは、なかなかできなかった。

長年刷り込まれた
「人付き合い=ストレス」の感覚が、
抜けていないから。

でもついに、自分から話さないといけない機会が来た。
大学3年の秋から始まった就活だ。

会社研究は、まあ楽しかった。

自己分析では頭を悩ませながらも、
「人を活かして、必要とされる仕事がしたいから」
と、コンサルティング業界を志望した。

でも絶望的に苦手だったものがある。

面接だ。

「えっ、どう話したらいいか分からない。。。」と不安になったし、
それに元々「え、えっと、ぼ、僕は・・・」という感じで、
緊張するとひどくどもる癖があった。

「面接なんて受けてられない!」

僕は、面接の要らない会社を探したけれど、
どの会社説明会に行っても、選考には必ず面接があって、落ち込んだ。

「いやあ、もう逃げていてもしゃあないわ」
諦めにも似た開き直りをして、
興味を持った会社には片っ端から申し込んだ。

書くのはまあまあできたから、エントリーシートの一次選考は全て通過。

でも面接ではことごとく、通過できなかった。

面接が苦手な自覚はあったから、
「志望理由は何ですか」的なよく聞かれる質問は
全て答え方を書き出していた。

面と向かってちゃんと喋れるように、
鏡の前でリハーサルもバリバリやっていた。

なのに面接本番になると、
脇汗手汗がひどくなるし、
自分で何喋っているのか分からんほど、テンパってしまう。

集団面接なんかだと、
自分の後で話す人がスラスラと答えるのを聞く度に
「うわ、負けたわ・・・」
と心の中で泣いていた。

 

どもって上手く話せないから、
いつも面接に落ちるんだと感じて辛かった。

けどさらに辛かったのが、
何をどう改善したらいいのか、分からなかったこと。

会社が学生に何を求めているのか調べたら、
いつも決まって、コミュニケーション能力が第1位。

じゃあコミュニケーション能力って何だろう、と思って調べたら、
「相手の質問の意図を察する能力」
「場の状況を読む能力」
とか、そんな漠然としたことばかりが目立った。

「会社でも結局、空気読め、察しろ、って言われるのかよ」

「人付き合い=ストレス」の呪縛からは、根強かった。

そうして面接で15社も落ち続けて、
「 コミュニケーション能力のない人間は どうやって生きていけばいいの? 」
と、絶望した。

大学4年生になる頃には、
「ペーパーテストの割合が大きい公務員を目指そうか・・・?」
とめっっっっっっっちゃ悩んだほどだ。

結局僕は、コンサルティング業界を諦めて、
知り合いのツテでITの会社に就職した。

「うまく話さなきゃ」の恐怖心から解雇寸前までいく

就活の頃には、午前0時になっても帰れない、
ブラック労働の見本みたいに思っていたIT企業。
しかも大学では、プログラミングは専攻していなかった。

「果たしてやっていけるんだろうか?」
入社直後から不安が首をもだげたけど、
研修で黙々と1人プログラムを書くのは、
全然苦痛じゃなかった。

むしろ「空気読めない」とよく分からないことを言われる人付き合いよりも、
正しく書けば正しく動くプログラムは、僕の性に合っていた。

「自分に適した場所を見つけたかも」

そんな淡い希望を見出した。

 

と思いきや配属で、また悪夢を見ることに。

話すのが苦手なのに、 コールセンターに配属されたのだ。

聞いた瞬間、
「これ、どう考えてもミスマッチだろ!」
と心の中で叫んだのは、今でも昨日のことのように覚えている。

百歩譲って、言うことが全て決まっているのなら、
どもらずに対応できたかもしれない。

けどこのコールセンターでは、
100件あれば100件とも異なるトラブル・異なるお客さんに、
電話とメールだけで臨機応変な対応を求められた。

ただでさえトラブルで気が気じゃないお客さんと対応するから、
クレームと隣り合わせ。

「人付き合い=ストレス」の呪縛が、一気に蘇ってきた。

 

もちろん、対応するのに必要な知識は業務中に勉強したし、
広く名のある資格も取りはした。

でもね、いざお客さん対応が始まると緊張して、
答えられるだけの知識はあるのに、
次の言葉が出てこない。

しかも「言わなきゃ」と思うほど、出てこなくなる。

「はあ~、失敗した。。。」
と話すたびに感じては、先輩からダメ出しをくらう日々。

さらに相手のトラブルの中身をキチンと把握するには、
お客さんの話を聞いたり、
分からんことを聞くのがとても重要。

でも「上手く話さなきゃ」と怖がるほど、
お客さんの話を聞く余裕が無くなった。

それで何が問題の核心が分からない。

だから解決に時間がかかったし、
見当違いの答えを伝えてしまい
「人の話を全然聞いていないですね!」
とお客さんから怒られた。

たまに上手くしゃべれても、とっさの質問がきたら、即アウト。
「あ~、え~と、それはですね~・・・」と取り乱して、自信の無さを暴露すしてしまった。

これはもう今の僕ならあるあるで分かるんだけど
・上手く話さなきゃ
・何を話題にすればいいか
・間違いのようにしなきゃ
の思いは、自信のない人にますます話を苦手にさせる。

 

対応のまずさが積み重なった結果、
1年で1件受ける人も3割しかいないクレームを、
僕は2ヶ月で3件という超ハイペースで受けた。

あまりにも迷惑をかけすぎたのだろう、
上司の上司から別室に呼び出されて、
「このままじゃ、コールセンターの仕事は任せられないぞ」
と、暗に解雇寸前まで来ていると言われる始末。

解雇される恐怖も、目の前が真っ暗になるほどだったけれど、
何より怖かったのは、

「ここで解雇されたらまた、就職活動で面接受けないといけないのか・・・」

また面接することだった。

解雇されたら、面接でストレス。
このまま会社にいられても、お客さん対応がストレス。
どうあがいても「人付き合い=ストレス」の絶望だった。

かといって親や友達に相談しようにも笑われたり、
甘えてると思われるんじゃないか。

そうでなくても、うまく分かってもらえる自信が無い。

どこにもたどり着かない思いがグルグル巡ったまま、
1人酒を飲んで寝ては、また朝日で目が覚める。
こんな日常がただ、ループしていた。。。

 

けれども、この苦い経験が、
今の僕を作ったきっかけになった。

電話応対コミュニケーションで1位取って吐きそうになった

「人間そんな簡単に変われるものか」
の迷いは根強かった。

だが何もやらなきゃ、ニートになって野垂れ死ぬしかない。

尻に火がついた僕は、
コールセンターで仕事を続けられるようになるため、
できることはとにかく試そうと決めた。

早速、近くの本屋に行っては、
話し方の本や聞き方の本、
さらに「人の心を分かるのも大事だろ」と思って、
心理学の本も買い込んだ。

貯金を切り崩さないと生活できないほど貧乏だったけど、
これで人生変わるなら、金も時間もかける価値はある!

その気持ち1つで、2万円出して本を買っては学んだ。

正直言って不安はあったのも事実。

「コミュニケーションを上手くなるには、
場数を踏むしかない、性格やセンスできまる、
って書かれてあったら・・」

また期待が裏切られるんじゃないか。
「コミュニケーション能力」を調べては落胆した就活時代を思い出しては、不安になった。

でもその不安は、みるみる減っていった。

読んでみて分かったのは、
読めば理屈は分かる、しかし読まないと意外に気づかない。
そんなコミュニケーションの型がたくさんあるんだな、
ということ。

「型」だから、その通りやれば、性格やセンスなんて関係ない。

どんな素人だろうと、型を使えば、
プロと同じキレイな形のクッキーを作れるように。

「コミュニケーション能力は、訳の分からない空気を読むセンスとか、性格で決まるもの」

そんな誤解をしていた僕にとって、衝撃の連続だった。

中には営業向けのトークで、普段の会話では使いにくかったり、
「相手のタイプに合わせて、対応をこう変えましょう」
みたいな高度すぎてとてもマネできない技も、
少なくなかった。

今の僕には分かるけど、
世に出回る話し方の本は高度すぎて、
当時の僕にはハードルが高すぎるものも、
全然珍しくなかった。 

そして自信をなくす人が、実はめっっっちゃ多い。

だから最初はアイサツとか返事とか、
「これならできそうかもな」と思えるものからやるのがオススメ。

実際そっちのほうが成功しやすいし、自信も得られるから、
「またやってみよ」と続ける励みになる。

 

当時の僕も、できそうなものを見つけてみたら、
1つ2つ3つと出てきた。

特にその時の自分にとって大事だと思ったのは、
人の話を聴くこと。

「耳があるんだから、そりゃ聴けているよ」
と、調子のいい時ならスルーしていただろう。

だが解雇寸前まで行っていた僕は
「実は自分の話したいことばかり考えて、聞けていなかったかもしれない」
と、素直にやるしかなかった。

「ダメでもともと、今が最悪だから、もうやったれ」

ある種の開き直りで早速、お客さん対応の中で実践したら、
明らかに反応が変わったのにビックリした。

なんせ「聞いていますよ」とアピールしたら、
どんどんと聞きたい情報が出てくるし、
中には聞いていたら「それが原因ですよ」と即答できるものも。

するとお客さんも
「あ~、そういうことでしたか!」と、
めっちゃ感動するし、感謝される。

「コイツとは一緒のクラスになりたくないわ」
と高校生の頃言われた僕が、
まさかお客さんに感動を与えられるとは。

こんなの、仕事してから初めての経験で、感動した。

当然ながら、電話対応もスムーズになって、
今まで15分かかったような内容も、5分で済むようになった。

そのおかげか、残業が月で20時間も減ったのも衝撃的だった。

 

さらに半年ごとに行われる、
電話対応の録音を聞いて評価するアンケートでは、
20人以上いるコールセンターの中で1位を獲得。

特に「相手の話を聞く姿勢」が高く評価されていた。

けれども僕としては、別に驚きもなかった。

なぜなら、コミュニケーションの型を学んで実践すれば、
性格やセンスと関係なく上手くなれる、と知らされたから。

「あーこんな感じね」という感覚。

ゲームのコツをつかんで、スイスイとハイスコア出しまくる感覚と同じ。

幼い頃からの「人付き合い=ストレス」の呪縛に、
ヒビが入った瞬間でもあった。

主催した朝活で10人集まり、人付き合いが180度変わった

残業が月で20時間も減ったし、何より人付き合いのストレスが一気に減った僕は、プライベートがずっと充実するようになった。

聴いて憧れた音楽を「自分でも作りたい」と思っていたから、
作曲のスクールに入ったり。

今まで会社と家の往復しか気力が無かったのに、
1人で新しいバーやカフェに平日寄り道するようになったり。

けれども、1人だけで過ごすのも、飽きが来る。

なんで、たいして興味が無くても、
色々なイベントに顔を出してみた。

すると驚きの連続だった。
普段会社では会わないような、
刺激的な出会いに満ちていたから。

陶芸や琴のプロに出会ったり、
FXだけで月80万円稼ぐ人とも知り合った。

「どんな感じで過ごしているのか、知りたいな」

という好奇心はあったけど、
最初は遠くから見ているだけだった。

高校生や就活の頃が思い出されて
「話をしても弾まなかったら」
「 相手の会話を遮ってしまったら」
の不安があったから。

でも、この機を逃したら、
もう会うチャンスは無いかもしれない。

だから恐る恐るでも、声をかけてみた。
「仕事ではちゃんと、お客さんと会話できるようになったんだし」
と自分を励ましながら。

すると意外なほど話がはずんで、
「へえ~、マオさんはシステムエンジニアなんですか!
ちょっとパソコンの操作で教えてほしいこと、あるんですよ」
と、頼りにもされて嬉しかったね。

まさか煙たがられていた自分が、
頼りにされる日が来るとは思わなかった。

これも自分に投資して、コミュニケーションの型を知る前だったら、
自分とバックグラウンドの違う人と話なんて、できなかった。

井の中の蛙のままに、ならなくてよかった。
行動した甲斐があったなー、と。

 

でも参加だけじゃ満足できなくなったのも事実。
参加するたびに思うようになった。

「自分もイベントを企画したい」と。

その頃、
人間関係のイライラを抑える方法を知りたくて読んでいた、
意志の力を鍛えて三日坊主を無くす本に、
僕はとても感動した。

「こりゃ僕1人だけ知っているのは、もったいないわ」
の思いで、イベントを企画。

早速、会場や内容や参加費を決めた後、
facebookでイベント告知を作り始めた。

正直、初対面の人がたくさん集まって、
上手く話ができるか、
コミュニケーションが取れるかは不安だった。

「来てよかった!と満足されるかな~・・」 と。

でも人付き合いを避けて来た僕が、
「1人だけ知っているのは勿体ない」
とまで心動かされた本を伝えたい。

それに自分の成長は止めたくないし、
行動すれば新しい世界が見えるのも分かっていた。

だから勢いで

「あ~もう、えいや~!」

と叫んで、イベント告知を公開した。

 

期待と不安を抱えて迎えた当日。
5名の人が参加された。
みな初対面だ。

参加した理由を聞いてみると、
「私も勉強を続けるのが苦手で、どうやったら続ける意志を強くできるか、ちょうど知りたかったんです」
「昔ダイエットに失敗したので、続ける秘訣を聞きたいです」
と、関心ある人ばかりだった。

さらに集まった人も、
和菓子屋の次期社長や、
小学生のお子さんがいる主婦や、
ローカルに活動しているシンガーソングライターなど様々。

その人達との交流がまた面白く、
むしろ主催した僕が一番、
得るものが大きかったと思う。

「やべ、めっちゃ楽しいし、こんな感謝されると思わんかった」

この朝活はシリーズ化して、最終的に10回行い、
その後はコンスタントに10人程度集まった。

しかも参加者の1人が、
「私が行っている別の朝活でも、話してもらいたいです!」
と招待を受けて、
そちらで話したらまた好評だった。

幼い頃からの「人付き合い=ストレス」の呪縛から、
この頃にはすっかり開放されてしまっていた。

だから今では
人と会うのはエンターテイメント感覚なんですよね。

7000人の前でのスピーチで、話す恐怖心が無くなったと気づく

その後もコミュニケーションの型を勉強していた僕は、
仕事では、コールセンターの平均対応件数が月30件のところ、
僕は月50件ほどを連続して対応できるまでに成長。

そしてサブリーダーや、勉強会の講師を任されるまでになった。

そんな中、イベントで知り合った友が、
ガンで亡くなったと聞いた。

出会った頃から、彼は闘病していて、
「地元の病院だと直せないから、北陸で一番の病院近くに引っ越して来たのです」
とアッサリ言ったのが、今も心に残っている。

マジで?
もう会えないの?

2週間前には電話で問題なく話していたから、
ショックは一際大きかった。

「このままじゃやりきれない。亡き友の生きた証を皆に知ってほしい」

その思い1つで、 夏に行われる法事のスピーチに申し込んだ。

スピーチできるのは2人しか無い狭き門だったけれども、
選考をくぐり抜けて、スピーチできることに決定。

当日。
全国から人が集まり、会場もステージから後ろまで100m。
人が豆粒のようだった。
その数ざっと7000人。

その中、静まり返った会場で、
ひたすらに亡き友の生き様をスピーチした。

ただ、友達のことを知ってほしい一心で、
僕の声だけがよどみなくハッキリと聞こえる。

終わった瞬間、会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こる。

終わった後、共通の友達に聞いてみたら、
皆 「感動した」「すごい生き様だった」と、
感想を聞かせてくれた。

 

そして気づいた。

就活や新卒のころ、
「うまく話さなきゃ」の恐怖で満たされていた僕が、
すっかり意識しなくなっていたことに。

まるで人生変わってしまった。

「解雇寸前までいったあの時、
お金と時間をかけて学んで良かったな」

と改めて確信した。

でもまだまだ、自分的には全然甘いと思っている。

僕よりももっとコミュニケーションの上手い人を見て、
敗北感を味わっては、昨日より今日、今日より明日、
少しでも成長しようと学んでいる。

そうやって少しでも刺激的な人と知り合えるようになって、
今の僕の知らない世界を見ていくのが、
ワクワクするから。

ちょっとコミュニケーションに向き合ったら景色が変わる

お伝えしてきたように、
僕は長らく「人付き合い=ストレス」と、
認識が歪んでいました。

よく分からない空気を読めとか、
「うまく話さなきゃ」の強迫観念とかを持っていたので。

けど、コミュニケーションの型を身に付けて、
知り合った人や世界は、想像よりも遥かに広く深かったです。

周りから見える性格も、ずいぶんと変わりました。

っていうのも、僕はもともと引っ込み思案で、自分の意見を言えないタチ。
頑固なヤツだって言われていました。

それが今では自分でイベントを開いたり、
見聞きしたことは積極的に試す、
アクティブな感じになりました。

しかもそれが義務じゃなくて、心から楽しめる。

新卒の女性の話を自然体で聞いていても、
それが嬉しかったのか、デートに誘われたり。
そのまま僕が告白し、恋人になりました。

小学校の同級生との飲み会で、それを皆に打ち明けたら
「えっ、あのマオが!?」と、皆驚いていました。

引っ込み思案で週1回泣いていた、
小学生の僕とのギャップがありすぎたのかもw

またコミュニケーション力が上がれば、
色んな人の悩みも聞けるから、
それがビジネスチャンスになる。

だってビジネスは、
誰かの悩みを解決して、
対価として金をもらうものだから。

それに色々な職業の人の話を聞いて、
それを元にアドバイスしたら喜ばれるし、ビジネスになるんですよね。

知り合いからランディングページを作ってほしいと頼まれた時も、
「そう言えば〇〇さんは、就活していたら自分が何したいか分からなくなった、と悩んでいたな」
「〇〇くんはたびたび、ムダな苦労はしたくない、って言っていたな」
という感じで、人がどう思っているかが分かるから、

「ならこう書いたら、興味持つんじゃないか?」
と自然にアイデアが出てくるのです。

インスピレーションはまだコンピューターのできないことですから、
AIがどんどん出てきても、
仕事を奪われる感覚は無いですね。

 

要はコミュニケーションの型って、
ただストレス無く話せるようになるだけじゃない。

恋愛やビジネスの基礎となるし、
ストレスが減ればそれだけ健康に恵まれるから、
自分の自由な時間を長く生きられる。

つまり一度学べば、一生使えるものなんですよ。

だからコミュニケーションの型を身に付けたら、
世界観が180度変わってしまったんですよね。

コミュ障だったからこそ伝えられる、と

僕は50人以上に対して、ストレスフリーになるための
コミュニケーションのアドバイスしてきましたが、

悩みを聞いたり、対策を伝えたりしていると、
空気を読めないで浮いていたコミュ障な過去も、価値あるもんだと感じています。

「お客さんに緊張してしまって、何を伝えたいか分からなくなる」

「今年から新人の教育役になったけど、教えても理解しているか分からないで不安」

「職場の部下がそっけなくて、部署の雰囲気を良くしたい」

こんな相談をいただいては、解決できるようアドバイスしてきました。

けれどもこれ、天然でコミュニケーション上手い人には
なかなかアドバイスしづらいんです。

何に悩むか、どんなポイントでつまづくか、
感覚的にわからないから。

「何につまづいているのか、何が分からないのか、がわからん」
状態です。

一方で僕はコミュ障で、
「皆とどうして同じようにできないのだろう」
と悔しがっていました。

ただ、

不器用だからこそ、自分の性格やセンスなんか信用しないで、
あらゆるプロから、コミュニケーションを学んでいきました。

お金や時間をかけて、どうやるんだろう?
と自分の中に落とし込んでは、実践。
ひたすら本や人のマネを繰り返しました。

おかげで、

今では人にコミュニケーションを教えられるほどになりました。

言葉に詰まりやすかったから、短い言葉で分かるように説明することや、
苦手意識を持つ人の気持ちを分かった上で説明するのが、得意ということです。

まあ言ってしまえば、
何でも言語化できるわけです。

そのためか会う人会う人からこんな感じで、

「マオさんは『学んだことを自分なら具体的にどう活かすか?』
 を考えるのが、上手いですね」

とよく言われます。

shizuさんにコミュニケーションの型を教えた時も、
不器用だった自分が役に立ちました。

上京して6ヶ月間も就活するも、
面接が苦手で就職先が決まらなかったshizuさん。

「私は不器用で、何するにも人の3倍かかっちゃうんです・・・」

不器用だった僕を見るようで、
とても心がかかりました。

なのでshizuさんの悩みをとことん具体的に聞いた上で、
その上で「ここを変えていくといいですよ」と伝えた。

すると2ヶ月後、shizuさんから
「就職先が決まりました!」
と感謝の言葉が届いたのです。

それどころか元々は
「自分は性格悪いから、上手くいかないんです」と自己否定していたのが、
コミュニケーションの型を学んで就職が決まったら、
一切そんな言葉を聞かなくなりました。

就活が決まって、そして自信も得られたようで、
僕にとっても、とても嬉しかった。

ただ一方で
そりゃーコミュニケーションの型を学んだのだから、
当たり前だよなー、とも感じました。

shizuさんの姿を見て僕は、なお確信しましたね。

「コミュニケーションの上手さは性格とかセンスで決まらない」
「誰だって上手くなれるし、それで心も時間もお金も、手に入れられるんだ」

と。

  

これだけ書くと「マオさんやっぱり頭いいですよね?」って言われますけど、
そんなわけないやん!って話で。

できる人や、知識をマネしてきただけです。

おまけにビビりだから、行動するのに倍以上、勇気がいる。

最終的には思い切っても、その後も緊張で震えたり、
「大丈夫だったかな~」って冷や汗が出てくるような人間でした。

だけど、

そんな平均以下ばかりの僕でも、
人に教えられるレベルでコミュニケーションを上手くなれるし、
それによって心や時間の余裕も、お金や色んなチャンスにも恵まれる人生が、
普通に起こりえるのです。

【理念】人生は逆転を楽しむドラマ

僕は高校生の頃、歌がヘタすぎてCDが作られ、
それを部活の時間に流されて笑われる、という黒歴史があります。

一見するとめっちゃネガティブですよね。
僕も当時、辛かったです。

でもこれで得た教訓含めて話すと、
初対面の人と一気に距離が縮まるし、
ちょっとした学びがあるのを知りました。

それで思ったんですよね。

良いコミュニケーションを身につけたら、
臭いものにフタをしておきたいような過去が、
今縁のある人のためになるんだ、と。

なので50人以上にアドバイスした経験や、
僕の失敗談も出しながら、

  • 気の合わない人との接し方
  • 苦手な人は自然と離れて、好きな人が自然と集まってくるコミュニケーションとは?
  • リストラや契約終了に怯えなくなる職場での付き合い方
  • 「好きなことが分からない」悩みの解決方法
  • 「人の話を理解していない」のクレームが
    「そうそう、それが言いたかった!」の称賛に変わる方法
  • お客さんへの提案が通る率を2,3割アップさせる秘訣
  • コミュニケーションの型を応用してビジネスで成果を上げた具体例

といったコミュニケーションを日々学べる
メルマガを配信しています。

週7ヒマな年収3000万円の起業家や、
ポイントカードを業界で初めて導入した社長など、

なかなかレアな方々から直に教わったエピソードも入れているので、
その辺のビジネス書を読むよりは面白く学べると思います。

僕のメールマガジンは2020年からはじまって、
エンジニアやマーケター、クリーニングスタッフといった、
色んな業界の人から読まれています。

特にこの自己紹介を読んで「あるある」と感じる人や、
「コミュニケーションを勉強してるけど、実際どう活かしたらいいか分からない」
と思っている人は、読んでもらったら面白く感じるし、
ためになると思います。

また有料の企画とかもやっていているので、
興味があれば参加して欲しいし、
たまに無料の企画とかもやりますのでチェックしてみてください。

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面白くないと思ったら、遠慮なくメールは解除してもらって問題ないです。

登録者の人にはおまけですが期間限定で、
有料の対面セミナーで説明し好評だった、劇的に自己紹介が変わる
レクチャーのレポートも、プレゼントしています。

追伸

僕も幼いころは「人付き合い=ストレス」の呪縛が、
すごく強かった人間です。

その呪縛から完全に開放されて良かったけど、
正直もっと早く、開放されたかったのが正直なところ。

結局、開放されるきっかけは、情報を得ることなんですよね。

だから情報を得ているかどうかの格差が、
コミュニケーション力の格差、
人生で受けるストレス度合い、
ひいては心や時間やお金の自由度に直結するので、
僕は貪欲に情報を取りに行くようになりました。

だから僕の話に限らず、
ちょっとでもピンとくるものがある人の情報は、
積極的に取りに行くといいですね。

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では、以上です。

マオ

ブログを始めたきっかけ

==========

コミュ障だった僕は7000人の前でスピーチしました。

さらに

職場と家の往復で1日終わっていたのが、
初対面から気の合う友達となっては一緒に人狼ゲームしたり。

コールセンターのお客様対応アンケートで、
センター1番の高評価を得たり。

口説いてるつもりゼロなのに新卒OLからデートに誘われて、
その後で恋人になったり。

職場で苦手な人に振り回されないで、定時に帰っては
趣味の作曲に没頭したり。

そんな日常を過ごしています。

就活時代に、面接が苦手すぎて15社落ちて、
会話が苦手すぎて解雇寸前だった新卒時代の僕が
今の僕を見たら、

「お前本当に俺かよ?」とひっくり返ると思います。

そんな話を聞くと、なんかコイツめっちゃ怪しいとか思うかもしれません。
「人間そんなに簡単に変われるものか」と。

でも僕はもともと「人付き合い=ストレス」と感じていましたし、

高校デビューに失敗したために、
休み時間は図書室で1人本を読むのが日課。

「どう話しかけたら仲良くなれるの?
 言いたいことが伝わるの?」

職場でもプライベートでも、
事あるごとに悩んでました。

そんな僕でも、
お客様対応でコールセンター1位を取って感謝されたり、
悩みを相談できる友達ができるようになりました。

センスじゃなくて、結局、知っているかどうか。

そしてやるかやらないか。

これで差がつくんですよね。

学んでいけば誰でもできるし、僕の教え子でも1ヶ月で

「職場の後輩が自分から動くようになりました!」
と、変わりように驚いています。

ここに至るまでの過程とか、
こうやって情報発信している理念とかを、記事に書きました↓

解雇寸前だった僕が気にしすぎる気質を才能に変えて7000人の前で話すまで

ブログに書いていない話はメルマガで。

3 件のコメント

  • マオさんコミュニケーションの型講座③会話のストレスが解消(特に職場) | 大好きぬいぐるみ静岡ブログ へ返信する コメントをキャンセル

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